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東京地方裁判所 平成9年(ワ)3372号 判決 1999年5月31日

原告兼反訴被告(以下「原告」という。)

株式会社東京三菱銀行

右代表者代表取締役

高垣佑

右訴訟代理人弁護士

和仁亮裕

林正紀

宇佐神順

被告兼反訴原告(以下「被告」という。)

日拓エンタープライズ株式会社

右代表者代表取締役

西村光子

被告兼反訴原告(以下「被告」という。)

日拓レクリエーション株式会社

右代表者代表取締役

西村光子

被告兼反訴原告(以下「被告」という。)

日拓リアルティ株式会社

右代表者代表取締役

西村光子

右三名訴訟代理人弁護士

石角完爾

主文

一  被告日拓エンタープライズ株式会社及び被告日拓レクリエーション株式会社は、原告に対し、連帯して五五二九万二一四四円及びこれに対する平成四年三月一八日から支払済みまで年一四パーセントの割合による金員並びに四〇万三九四七円を支払え。

二  被告日拓エンタープライズ株式会社及び被告日拓リアルティ株式会社は、原告に対し、連帯して三三一七万五二八六円及びこれに対する平成四年三月一八日から支払済みまで年一四パーセントの割合による金員並びに二四万二三六八円を支払え。

三  被告らの請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、本訴反訴を通じ、被告らの負担とする。

五  本判決第一、二項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

一  本訴

主文同旨

二  反訴

1  主位的請求

(一) 被告日拓レクリエーション株式会社の原告に対する別紙契約目録一記載の各契約に基づく債務がいずれも存在しないことを確認する。

(二) 被告日拓リアルティ株式会社の原告に対する別紙契約目録二記載の各契約に基づく債務がいずれも存在しないことを確認する。

(三) 被告日拓レクリエーション株式会社の原告に対する別紙契約目録三記載の各連帯保証契約に基づく債務がいずれも存在しないことを確認する。

2  予備的請求

(一) 原告は、被告日拓レクリエーション株式会社に対し、一億五〇四五万円及びこれに対する平成四年三月一〇日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

(二) 原告は、被告日拓リアルティ株式会社に対し、九〇二七万円及びこれに対する平成四年三月一〇日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

(三) 原告は、被告日拓エンタープライズ株式会社に対し、一億五〇〇〇万円及び内一億円に対する平成三年四月一三日から、内三〇〇〇万円に対する同年八月一〇日から、内二〇〇〇万円に対する平成四年一月一七日から、それぞれ支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本訴は、原告が、別紙契約目録一8及び同二8記載の各契約に基づく豪ドルの買受債務の履行を怠った被告日拓レクリエーション株式会社(以下「被告レクリエーション」という。)及び被告日拓リアルティ株式会社(以下「被告リアルティ」という。なお、被告レクリエーション及び被告リアルティを併せて以下「被告主債務者ら」という。)、並びに被告主債務者らの右各債務を連帯保証した被告日拓エンタープライズ株式会社(以下「被告エンタープライズ」という。)に対し、被告主債務者らの右債務不履行による原告の被告主債務者らに対する各損害賠償請求権を被告主債務者ら及び被告エンタープライズの原告に対する各預金等返還請求権と対当額で相殺した残額並びに右各債務不履行後右各相殺までの間に発生した遅延損害金を、被告主債務者らについては債務不履行による損害賠償請求権に基づいて、被告エンタープライズについては連帯保証契約に基づく保証債務履行請求権に基づいて、それぞれ請求した事案である。

反訴は、被告主債務者ら及び被告エンタープライズが、原告に対し、(一)被告主債務者らにおいて、(1)主位的に、別紙契約目録一及び同二各記載の各契約(以下、総称して「本件各取引」という。)の不成立又は各契約が公序良俗違反により無効であること若しくは原告の詐欺により取り消されたことを理由として本件各取引に基づき生じた被告主債務者らの債務の不存在確認を、(2)予備的に、原告の本件各取引の際の商品内容及びリスクに関する説明義務違反、適合性の原則違反、損失拡大防止義務違反等を理由として不法行為に基づく損害賠償を、(二)被告エンタープライズにおいて、(1)主位的に、本件各取引の不成立又は無効による主債務の不存在を理由として別紙契約目録三記載の各連帯保証契約(以下「本件連帯保証契約」という。)に基づく債務の不存在確認を、(2)予備的に、原告の詐欺により定期預金名下に金員を詐取されたことを理由として不法行為に基づく損害賠償を、それぞれ請求した事案である。

一  争いのない事実

1  当事者

(一) 原告は、銀行業を営む株式会社である。

本件各取引は、被告らと株式会社東京銀行(以下「東京銀行」という。)との間のものであるが、東京銀行と株式会社三菱銀行の合併(平成八年四月一日に、株式会社三菱銀行が株式会社東京三菱銀行に商号変更した上で、同年七月二日に、東京銀行を消滅会社、株式会社東京三菱銀行を存続会社とする吸収合併がなされ、その合併登記は右同日にされた。)により、東京銀行の債権債務等は、すべて原告に承継された。

(二) 被告レクリエーションは、不動産の管理等の事業を、被告リアルティは、清涼飲料水等の売買等の事業を、被告エンタープライズは、貸しビル業等の事業をそれぞれ営む株式会社である。

2  基本契約の締結

(一) 東京銀行は、被告レクリエーションとの間で、平成元年一一月一五日、銀行取引及び先物外国為替取引に関して別紙一及び同二記載の内容の契約(以下「基本契約一」という。)を締結した。

(二) 東京銀行は、被告リアルティとの間で、同日、銀行取引及び先物外国為替取引に関して別紙三及び同四記載の内容の契約(以下「基本契約二」という。)を締結した。

(三) 被告エンタープライズは、東京銀行との間で、同日、基本契約一に基づく被告レクリエーションの東京銀行に対する債務について被告レクリエーションと、基本契約二に基づく被告リアルティの東京銀行に対する債務について被告リアルティと、それぞれ連帯して保証する旨の本件連帯保証契約を締結した。

3  東京銀行と被告エンタープライズとの定期預金契約

被告エンタープライズは、東京銀行に対し、平成三年四月一二日に一億円を、同年八月九日に三〇〇〇万円を、平成四年一月一六日に二〇〇〇万円をそれぞれ定期預金として預け入れた。

4  東京銀行と被告主債務者らとの間の米ドルコールオプション取引

(一) 東京銀行と被告レクリエーションとの間の米ドルコールオプション取引

東京銀行は、平成元年一一月一七日、被告レクリエーションから、左記の契約(以下「米ドル買い契約一」という。)を成立させる選択権(以下「米ドルオプション1」という。)を一〇〇〇万円で購入した(別紙契約目録一1記載の契約、以下「米ドルオプション1取引」という。)。

選択権の行使期日を平成二年二月一六日、決済期日を同月二〇日として、東京銀行は、被告レクリエーションから、五〇〇万米ドルを七億一五〇〇万円(為替レート一米ドル一四三円)で購入する。

(二) 東京銀行と被告リアルティとの間の米ドルコールオプション取引

東京銀行は、平成元年一一月一七日、被告リアルティから、左記の契約(以下「米ドル買い契約二」という。)を成立させる選択権(以下「米ドルオプション2」という。)を一〇〇〇万円で購入した(別紙契約目録二1記載の契約、以下「米ドルオプション2取引」という。)。

選択権の行使期日を平成二年二月一六日、決済期日を同月二〇日として、東京銀行は、被告リアルティから、五〇〇万米ドルを七億一五〇〇万円(為替レート一米ドル一四三円)で購入する。

二  争点

1  本件各取引(ただし、米ドルオプション1取引及び同2取引を除く。)の成否。

(原告の主張)

東京銀行と被告主債務者らは、米ドルオプション1取引及び同2取引のほか、次に述べるとおり、本件各取引を締結したのであり、米ドルオプション1取引及び同2取引を除く本件各取引の成立等を否認する被告らの主張は、いずれも理由がない。

(一) 東京銀行と被告レクリエーションとの間の取引

(1) 米ドルオプション1の行使

東京銀行は、平成二年二月一六日、米ドルオプション1を行使し、米ドル買い契約一が成立した。

(2) インパクトローン一の締結及び米ドル買い契約一の決済

東京銀行は、平成二年二月二〇日、被告レクリエーションに対し、弁済期同年三月三〇日、利率年8.625パーセントの約定で、五〇〇万米ドルを貸し付けた(別紙契約目録一2記載の契約、以下「インパクトローン一」という。)。

被告レクリエーションは、同日、右五〇〇万米ドルをもって、米ドル買い契約一に基づく債務を履行し、その対価として東京銀行から七億一五〇〇万円を受領した。

(3) 大口定期預金

被告レクリエーションは、平成二年二月二〇日、東京銀行に対し、米ドル買い契約一の決済により受領した七億一五〇〇万円を、次の条件で定期預金として預け入れた(以下「大口定期預金一」という。)。

満期期日 同年三月三〇日

利率 年6.88パーセント

(4) インパクトローン一に基づく債務の返済

被告レクリエーションは、インパクトローン一に基づく債務を返済するため、東京銀行との間で、次の取引を行った。

ア① 平成二年三月二七日、被告レクリエーションは、東京銀行との間で、決済期日を同月三〇日として、東京銀行が、被告レクリエーションに対し、504万5520.83米ドルを七億九二三四万八五九一円(為替レート一米ドル157.04円)で売却する契約(以下「米ドル売り契約一」という。)を締結した。

② 同月三〇日、被告レクリエーションは、米ドル売り契約一に基づき東京銀行から受領した504万5520.83米ドルをもって、インパクトローン一に基づく債務の弁済に充当した。

イ 豪ドルプットオプション取引

東京銀行は、平成二年三月二七日、被告レクリエーションから、左記の内容の契約(以下「豪ドル売り契約一」という。)を成立させる選択権(以下「豪ドルオプション1」という。)を七三二〇万二〇〇〇円で購入した(別紙契約目録一3記載の契約、以下「豪ドルオプション1取引」という。)。

選択権の行使期日を平成三年三月二六日、決済期日を同月二八日として、東京銀行は、被告レクリエーションに対し、七五〇万豪ドルを九億円(為替レート一豪ドル一二〇円)で売却する。

ウ 被告レクリエーションは、大口定期預金一の満期期日における払戻金七億一九〇九万七〇八八円と豪ドルオプション1のオプション料七三二〇万二〇〇〇円をもって、米ドル売り契約一に基づき発生した被告レクリエーションの東京銀行に対する七億九二三四万八五九一円の債務の支払に充当した。

(5) 東京銀行は、平成三年三月二六日、被告レクリエーションに対し、豪ドルオプション1を行使する旨の意思表示をし、豪ドル売り契約一が成立した。

(6) 東京銀行と被告レクリエーションは、豪ドル売り契約一を決済期日である平成三年三月二八日に決済せずに、次のとおり、豪ドル売り契約一の決済期日及び為替レートに関する合意を変更する旨の契約を各契約日に締結した(別紙契約目録一4ないし8記載の契約、以下「期日延長取引一」という。)。

ア 契約日 平成三年三月二八日

決済期日 同年六月二八日

為替レート 一豪ドル119.50円

イ 契約日 平成三年六月二八日

決済期日 同年七月五日

為替レート 一豪ドル119.53円

ウ 契約日 平成三年七月四日

決済期日 同年一〇月七日

為替レート 一豪ドル119.20円

エ 契約日 平成三年一〇月四日

決済期日 平成四年一月七日

為替レート 一豪ドル118.98円

オ 契約日 平成四年一月六日

決済期日 同年三月一〇日

為替レート 一豪ドル119.02円

(7) 損害賠償請求権

ア 東京銀行と被告レクリエーションは、基本契約一において同契約に基づいてなされる先物外国為替取引を定期行為とする旨合意した。また、平成四年一月六日付け期日延長取引一は、その性質上履行期日に履行がなければ契約の目的を達することができない取引である。

イ 被告レクリエーションは、平成四年一月六日付け期日延長取引一に基づく七五〇万豪ドルの買受債務を、その決済期日である平成四年三月一〇日に決済しなかった。東京銀行は、被告レクリエーションに対し、平成四年三月一二日、平成四年一月六日付け期日延長取引一を解除する旨の意思表示をした。

ウ 東京銀行は、被告レクリエーションの右債務不履行により、一億五〇四五万円の損害賠償請求権(計算式・(119.02−98.96)×7,500,000適用為替レートは、平成四年三月一〇日の東京銀行対顧客電信買相場である一豪ドル98.96円を使用した。)を取得した。

(二) 東京銀行と被告リアルティとの間の取引

(1) 米ドルオプション2の行使

東京銀行は、平成二年二月一六日、米ドルオプション2を行使し、米ドル買い契約二が成立した。

(2) インパクトローン二の締結及び米ドル買い契約二の決済

東京銀行は、平成二年二月二〇日、被告リアルティに対し、弁済期同年三月三〇日、利率年8.625パーセントの約定で、五〇〇万米ドルを貸し付けた(別紙契約目録二2記載の契約、以下「インパクトローン二」という。)。

被告リアルティは、同日、右五〇〇万米ドルをもって、米ドル買い契約二に基づく債務を履行し、その対価として東京銀行から七億一五〇〇万円を受領した。

(3) 大口定期預金

被告リアルティは、平成二年二月二〇日、東京銀行に対し、米ドル買い契約二の決済により受領した七億一五〇〇万円を、次の条件で定期預金として預け入れた(以下「大口定期預金二」という。)

満期期日 同年三月三〇日

利率 年6.88パーセント

(4) インパクトローン二に基づく債務の返済

被告リアルティは、インパクトローン二に基づく債務を返済するため、東京銀行との間で、次の取引を行った。

ア① 平成二年三月二七日、被告リアルティは、東京銀行との間で、決済期日を同月三〇日として、東京銀行が、被告リアルティに対し、504万5520.83米ドルを七億九二三四万八五九一円(為替レート一米ドル157.04円)で売却する契約(以下「米ドル売り契約二」という。)を締結した。

② 同月三〇日、被告リアルティは、米ドル売り契約二に基づき東京銀行から受領した504万5520.83米ドルをもって、インパクトローン二に基づく債務の弁済に充当した。

イ 豪ドルプットオプション取引

東京銀行は、平成二年三月二七日、被告リアルティから、左記の内容の契約(以下「豪ドル売り契約二」という。)を成立させる選択権(以下「豪ドルオプション2」という。)を七三二〇万二〇〇〇円で購入した(別紙契約目録二3記載の契約、以下「豪ドルオプション2取引」という。)。

選択権の行使期日を平成三年三月二六日、決済期日を同月二八日として、東京銀行は、被告リアルティに対し、七五〇万豪ドルを九億円(為替レート一豪ドル一二〇円)で売却する。

ウ 被告リアルティは、大口定期預金二の満期期日における払戻金七億一九〇九万七〇八八円と豪ドルオプション2のオプション料七三二〇万二〇〇〇円をもって、米ドル売り契約二に基づき発生した被告リアルティの東京銀行に対する七億九二三四万八五九一円の債務の支払に充当した。

(5) 東京銀行は、平成三年三月二六日、被告リアルティに対し、豪ドルオプション2を行使する旨の意思表示をし、豪ドル売り契約二が成立した。

(6) 東京銀行と被告リアルティは、豪ドル売り契約二を決済期日である平成三年三月二八日に決済せずに、次のとおり、豪ドル売り契約二の決済期日及び為替レートに関する合意を変更する旨の契約を各契約日に締結した(別紙契約目録二4、5記載の契約、以下「期日延長取引二」という。)。

ア 契約日 平成三年三月二八日

決済期日 同年六月二八日

為替レート 一豪ドル119.50円

イ 契約日 平成三年六月二八日

決済期日 同年七月五日

為替レート 一豪ドル119.53円

(7)ア 東京銀行と被告リアルティは、平成三年七月四日、同年六月二八日付け期日延長取引二に基づく被告リアルティの東京銀行に対する七五〇万豪ドルの買受債務を四五〇万豪ドルと三〇〇万豪ドルの買受債務に分割し、三〇〇万豪ドルの買受債務については決済した。

イ 東京銀行と被告リアルティは、被告リアルティの四五〇万豪ドルの買受債務について、次のとおり、平成三年六月二八日付け期日延長取引二の決済期日及び為替レートに関する合意を変更する旨の契約を各契約日に締結した(別紙契約目録二6ないし8記載の契約、以下「期日延長取引三」という。)。

① 契約日 平成三年七月四日

決済期日 同年一〇月七日

為替レート 一豪ドル119.20円

② 契約日平成三年一〇月四日

決済期日 平成四年一月七日

為替レート 一豪ドル118.98円

③ 契約日 平成四年一月六日

決済期日 同年三月一〇日

為替レート 一豪ドル119.02円

(8) 損害賠償請求権

ア 東京銀行と被告リアルティは、基本契約二において同契約に基づいてなされる先物外国為替取引を定期行為とする旨合意した。また、平成四年一月六日付け期日延長取引三は、その性質上履行期日に履行がなければ契約の目的を達することができない取引である。

イ 被告リアルティは、平成四年一月六日付け期日延長取引三に基づく四五〇万豪ドルの買受債務を、その決済期日である平成四年三月一〇日に決済しなかった。東京銀行は、被告リアルティに対し、平成四年三月一二日、平成四年一月六日付け期日延長取引三を解除する旨の意思表示をした。

ウ 東京銀行は、被告リアルティの右債務不履行により、九〇二七万円の損害賠償請求権(計算式・(119.02−98.96)×4,500,000適用為替レートは、平成四年三月一〇日の東京銀行対顧客電信買相場である一豪ドル98.96円を使用した。)を取得した。

(三) 相殺等

(1) 東京銀行は、平成四年三月一八日ころ、被告レクリエーションに対する損害賠償請求権一億五〇四五万円(前記(一)(7)ウ)を自働債権、被告レクリエーションの東京銀行に対する普通預金債権一五三七円を受働債権として、対当額において相殺する旨の意思表示をした。

(2) 東京銀行は、平成四年三月一八日ころ、被告リアルティに対する損害賠償請求権九〇二七万円(前記(二)(8)ウ)を自働債権、被告リアルティの東京銀行に対する普通預金債権一一六万一三九五円を受働債権として、対当額において相殺する旨の意思表示をした。

(3)ア 被告エンタープライズは、平成四年三月一〇日、被告レクリエーションの東京銀行に対する一億五〇四五万円の損害賠償債務及び被告リアルティの東京銀行に対する九〇二七万円の損害賠償債務について、本件連帯保証契約に基づき、支払義務を負担した。

イ 東京銀行は、平成四年三月一八日ころ、被告エンタープライズに対する連帯保証契約に基づく保証債務履行請求権の合計二億三九五五万七〇六八円(被告主債務者らの各普通預金債権との相殺後の金額)を自働債権、被告エンタープライズの東京銀行に対する普通預金返還請求権、定期預金返還請求権及び利息返還請求権の合計一億五一〇八万九六三八円を受働債権として、対当額において相殺する旨の意思表示をした。

(4) 以上の相殺により、被告レクリエーションに対する損害賠償請求権は五五二九万二一四四円(被告レクリエーションの預金との相殺による減額分が一五三七円、被告エンタープライズの預金との相殺による減額分が九五一五万六三一九円)となり、被告リアルティに対する損害賠償請求権は三三一七万五二八六円(被告リアルティの預金との相殺による減額分が一一六万一三九五円、被告エンタープライズの預金との相殺による減額分が五五九三万三三一九円)となる。

(5) 結論

ア 被告レクリエーション及び被告エンタープライズは、原告に対し、連帯して、五五二九万二一四四円及びこれに対する平成四年三月一八日から支払済みまで年一四パーセントの割合による金員並びに四〇万三九四七円(相殺前の損害賠償請求権一億五〇四五万円に対する同月一一日から同月一七日までの年一四パーセントの約定遅延損害金)の支払義務を負う。

イ 被告リアルティ及び被告エンタープライズは、原告に対し、連帯して、三三一七万五二八六円及びこれに対する平成四年三月一八日から支払済みまで年一四パーセントの割合による金員並びに二四万二三六八円(相殺前の損害賠償請求権九〇二七万円に対する同月一一日から同月一七日までの年一四パーセントの約定遅延損害金)の支払義務を負う。

(被告らの主張)

(一) 米ドルオプション1取引及び同2取引を除く本件各取引の締結の事実は、いずれも否認する。

本件各取引は、いずれも被告主債務者らの真摯な承諾に基づかず無断でされたものである。

特に、インパクトローン一及び二については、東京銀行は、被告主債務者らに全く無断で弁済期を四〇日先の期日とした。

(二) その余の事実は、知らない。

2  本件各取引における公序良俗違反の有無及び欺罔行為の有無

(被告らの主張)

(一) 東京銀行は、被告主債務者らに対し、本件各取引がいずれも極めてリスクの高い取引であり、東京銀行のリスクは支払オプション料に限定されている一方で、被告らには場合によっては莫大な損失が生じるおそれがあるのにそれを告げず、かえって「確実にもうかる損をしない金融商品があります。これでいくと手数料は先にもらえます。」などとオプション料の支払をえさに虚偽の事実を申し向けて被告主債務者らを欺罔し、本件各取引に誘い込んだ。

特に米ドル買い契約一及び同二を決済期日に即日決済すれば、オプション料を受領している被告主債務者らには僅かながら利益が生じたにもかかわらず(その日の為替レート一四四円五五銭を基準として決済すれば、オプション料の受け取りを考慮して被告主債務者らにはそれぞれ二二五万円の利益が生じ、東京銀行には同額の損失が生じる。)、東京銀行は、オプション1取引及び同2取引により自行に生じたわずかな損失(すなわち合計で四五〇万円の損失)を表面化させないために、あえて休眠会社であって米ドルの資金需要のない被告主債務者らに対し、返済時期を四〇日も先に設定した、為替予約を併用していないために為替変動のリスクを受けるインパクトローン一及び同二を無断で実行した。

インパクトローン一及び同二以後の取引は、それにより生じた被告らの為替差損を含み損のまま据え置くためにされた一連の行為であるから、インパクトローン一及び同二の違法性を引き継いでいる。

(二) このように、東京銀行は、本件各取引において著しく公序良俗に違反する勧誘をしており、本件各取引は無効である。

仮に無効とはいえないまでも、被告主債務者らは、平成九年二月二四日の本件口頭弁論期日に陳述した本件反訴状によって、本件各取引を詐欺により取り消す旨の意思表示をした。

したがって、本件各取引に基づく被告主債務者らの債務はいずれも存在しない。そして、主たる債務が存在しない以上、被告エンタープライズの本件連帯保証債務も存在しない。

(原告の主張)

東京銀行は、後記3で主張するとおり、適切な勧誘、説明等をしているから、東京銀行の勧誘態様が公序良俗に違反し、又は欺罔行為にあたるとする被告らの主張は、いずれも理由がない。

3  説明義務違反等の違法行為の有無

(被告らの主張)

(一) 東京銀行が被告主債務者らに勧めた本件各取引は、いずれも重大な為替リスクを伴うものである。

とりわけ、本件各取引のうち米ドルオプション1取引及び同2取引並びに豪ドルオプション1取引及び同2取引の選択権付先物為替予約取引は、複雑難解な仕組みを有するいわゆるデリバティブ金融商品であって、どの通貨とどの通貨の売買をするかの対象通貨の選択に伴うリスク、かくして選択された通貨の為替リスクに加え、選択権たるオプションを売る立場になるのか、買う立場になるのかの相違によるリスク、選択権が行使された場合外国通貨を買う立場になるのか、売る立場になるのかの相違によるリスク、選択権の行使期限をどの程度の期間に設定するのかの相違によるリスク、オプションの権利行使が期限日前ならばいつでも行えるアメリカンタイプとするのか、期限日においてのみ権利行使が許されるヨーロピアンタイプとするのかの相違によるリスク等、取引の複雑難解な仕組みに伴うリスクが内在する商品である。

東京銀行は、これらの金融商品を顧客に勧誘する以上、外国為替専門の有力都市銀行として顧客に対し、これらの金融取引に伴うリスク等を十分説明し、顧客に適合した金融商品を勧誘すべき注意義務を負っていた。

特に、これらの為替取引を勧誘するにあたって、顧客に不利な為替相場の見通しを持っている場合には、そのような見通しを顧客に告知すべき義務を負っていた。

更に、取引後顧客に含み損が発生した場合には、その状況とその変動を適時に報告する義務、損失を拡大するおそれがある取引を勧誘してはならない注意義務及び損失の拡大を防止すべき注意義務を負っていた。

(二)(1) 米ドルオプション1取引及び同2取引の不法行為性

東京銀行は、全く今まで取引関係がない新規顧客であり閉鎖予定の休眠会社で為替取引の実需がない被告主債務者らに対し、自行のリスクは支払オプション料に限定されている一方で被告らには莫大な損害を与える危険があるにもかかわらず、米ドルコールオプション取引に伴うリスクを一切説明せず、自行は為替リスクから解放されていることを隠し、逆に「確実にもうかる損をしない金融商品があります。これでいくと手数料は先にもらえます。」などとオプション料の支払をえさに虚偽の事実を申し向けるなどして、不正に米ドルオプション1取引及び同2取引を勧誘し、平成元年一一月一七日、被告債務者らに不適合な米ドルオプション1取引及び同2取引を締結させ、右注意義務に違反した。

なお、東京銀行は、米ドルオプション1取引及び同2取引について取引に伴うリスクを説明したと主張するが、東京銀行新宿支店担当者山田久倫(以下「山田」という。)は米ドルオプション1取引及び同2取引を利回り保証の金融商品であるとして勧誘したのであり、当該取引に伴うリスクを説明したなどという事実はない。

また、オプションが行使された場合には、被告主債務者らにおいてそれぞれ五〇〇万米ドルを東京銀行に引渡す義務が生じることになるが、東京銀行は、そもそも閉鎖予定の休眠会社であり、為替取引などを行っておらず米ドルは一ドルたりとも持ち合せていない被告主債務者らに対して、その調達をどうするかについてのアドバイスをしなかった。

(2) インパクトローン一及び同二の不法行為性

ア 東京銀行は、米ドル買い契約一及び同二を決済する際、被告主債務者らに交付した対価七億一五〇〇万円を即日ドルに転換してインパクトローン一及び同二の返済に充てれば、オプション料を受領していた被告主債務者らにわずかながら利益が生じ、一切の取引を結了して為替リスクから完全に解放されていたにもかかわらず、そのことを説明せず、かつ、インパクトローン取引自体の為替リスクの説明もしなかった。

インパクトローン一及び同二の実行は東京銀行が自行の損失を表面化させないため、被告主債務者らのリスクを顧みず被告主債務者らに無断でした行為であるが、仮に無断でした行為ではないとしても、委任契約上の善管注意義務として或いは信義則上、東京銀行には右のとおりインパクトローンを即日決済するか、或いはそもそもインパクトローンをしないで単にスポットで五〇〇万米ドルを調達すれば、為替リスクから解放された上、利益を確保できることを被告主債務者らに告知し、そのことを勧めるべき注意義務があるにもかかわらず、東京銀行はこの注意義務に違反した。

被告主債務者らは、東京銀行から十分な説明を受けることができなかったため、右に述べたとおり四〇日も先の返済期限のインパクトローン一及び同二が不必要であったことやその為替リスクはもちろん、為替予約がないこと、返済期限がいつかについても何ら理解することができなかった。

また、インパクトローン一及び同二は対米ドルで円安傾向となった場合に被告主債務者らに為替差損が生じる取引であるところ、当時円安傾向の見通しが顕著に示されていたにもかかわらず、東京銀行はそのことを被告主債務者らに告知しなかった。

イ 更に、四〇日もの間被告主債務者らを為替リスクにさらすこととした以上、信義則上、東京銀行には為替変動により、被告主債務者らのインパクトローン一及び同二による損害が拡大するおそれがある場合、期限前返済により手仕舞いすることが可能であることを被告主債務者らに告知するほか、これを勧めるべき注意義務が存在するにもかかわらず、東京銀行は、右注意義務に違反し、期限までインパクトローン一及び同二の返済を放置した。

(3) 豪ドルオプション1取引及び同2取引の不法行為性

ア インパクトローン一及び同二を実行した結果、被告主債務者らには既に受取オプション料及び大口定期預金の利息を入れて計算しても一億二六五〇万三〇〇六円もの含み損が生じていたにもかかわらず、東京銀行は、豪ドルオプション1取引及び同2取引に伴うリスクの説明をしないのみならず、閉鎖予定の休眠会社で為替取引の実需がなく複雑難解なデリバティブ金融商品につき知識も経験もない被告主債務者らに対し、逆に豪ドルオプション1取引及び同2取引に切り替えれば確実に利益を得られるなどと断定的に言い切って勧誘し、平成二年三月二七日、被告主債務者らに不適合な豪ドルオプション1取引及び同2取引を締結させた。

また、豪ドルオプション1取引及び同2取引は対豪ドルで円高傾向となった場合に被告主債務者らに為替差損が生じる取引であるから、東京銀行においては右取引勧誘の際に今後の対豪ドルの為替相場の見通しについて被告主債務者らに告知すべきところ、東京銀行は対豪ドルの為替相場の見通しについて被告主債務者らに告知しなかった。

豪ドルオプション1取引及び同2取引を実行した結果、右取引の決済期日においては、被告主債務者らの含み損は受取オプション料を入れてもその日の為替レート107.35円に基づき計算すると一億八九八四万九〇〇六円に拡大した。

イ また、東京銀行は、決済期日を一年後という長期のものとした以上、豪ドルオプション1取引及び同2取引により被告主債務者らの損害が拡大すると認められる場合には、期日前に手仕舞いすることを被告主債務者らに告知し、これを勧めるべき注意義務が存在するにもかかわらず、右注意義務に違反した。

(三) 本件各取引は、右に述べたとおり、危険な米ドルオプション1取引及び同2取引、その決済のためのインパクトローン一及び同二の実行並びにこれにより生じた被告主債務者らの損失を顕在化させないために行われた一連の為替取引であるから、各取引自体が違法であるほか、一連の為替取引である本件各取引は順次その違法性を引き継ぐ。

そして、右の一連の違法行為により、被告レクリエーションは一億五〇四五万円の、被告リアルティは九〇二七円の損害を被った。

(四) 被告エンタープライズに対する不法行為

東京銀行は、被告エンタープライズに対し、真実は被告主債務者らの為替取引に基づく評価損が現実化した際の相殺原資に充てるつもりであったのにこれを秘し、他の都市銀行よりも高い金利を出すなどと申し向け、定期預金を勧誘した。

そのため、被告エンタープライズは、東京銀行の右欺罔行為により、実質的な担保差入行為になるのにこれを通常の定期預金取引であると誤信して、平成三年四月一二日に一億円を、同年八月九日に三〇〇〇万円を、平成四年一月一六日に二〇〇〇万円をそれぞれ東京銀行に対し、定期預金として預託した。

その後、平成四年三月一七日、東京銀行は、先物外国為替取引に関する契約書九条に基づき契約を解除するには同一〇条との対比上明らかに相当期間をおいてその履行の催告が必要であるのに、この規定に違反し、かつ、それまで五回も期日延長取引を繰り返してきた経緯に鑑み、信義則上、また、顧客に対する忠実義務上、再延長の得失につき充分開示して説明を尽くし、再延長しない場合に被告主債務者らに対し原告が定期預金を没収することを含めていかなる措置をとるかを告知し、誠実に被告主債務者らからの延長希望の有無を確かめる義務があるにもかかわらず、この義務に違反し、三月一〇日に解除したとする突然の解除通知に基づき被告主債務者らに対する損害賠償請求権を取得したと称し、その債権を自働債権、被告エンタープライズの東京銀行に対する右定期預金等返還請求権を受働債権として対当額において相殺したと称してその定期預金を領得したため、被告エンタープライズには一億五〇〇〇万円の損害が生じた。

(原告の主張)

(一) 説明義務違反について

本件各取引において、被告主債務者らは、次に述べるとおり、東京銀行から十分な説明を受け、本件各取引に内在する為替リスクを認識した上で自己の判断と責任において本件取引をしたものであるから、東京銀行に不法行為責任はない。

(1) 米ドルオプション1取引及び同2取引並びにインパクトローン一及び同二についての東京銀行の説明

被告主債務者らの東京銀行に対する米ドルオプション1取引及び同2取引について、平成元年一〇月一六日、山田は、被告エンタープライズの経理統括責任者である菊地昇(以下「菊地」という。)に対し、①米ドルコールオプションとは、一定の期日に一定の為替レートで一定の金額の米ドルを購入する選択権の売買であること、②被告主債務者らの受け取るオプション料は、右選択権の対価としての意味があること、③将来の為替レートの変動によって選択権が行使された場合には、被告主債務者らに為替予約履行義務が生じること等の当該商品の概要を説明した上、右取引には為替リスクが存在することを説明した。

また、山田は、リスクの程度及びリスクが顕在化した場合のヘッジ方法等に関する菊地の質問に対し、リスクの程度を算定することは難しいこと、完全なリスクヘッジの手段はないことを説明した上、マーケットは円高傾向の見方が強いが、相場が予想と逆に動き、東京銀行が米ドルコールオプションを行使し、被告主債務者らに為替予約履行義務が生じた場合、米ドル建てインパクトローンを取り入れて、発生した為替予約履行義務を実質的には履行しないで、相場の回復を待つ方法によりリスクを先延ばしにすることができることを説明した。

更に、山田は、同月一九日、菊地に対し、商品説明パンフレット及び過去の相場推移等の資料を交付し、右パンフレットに従って商品の説明をし、相場の動きによっては為替予約の履行義務が生じること、その義務を負担する見返りとして前取りでオプション料を受け取ることができること、為替予約の履行義務が生じた場合、リスクの先延ばしを目的として為替予約の履行義務の履行手段として米ドル建てインパクトローンを取り入れて相場の回復を待つことができることを再度説明した。

また、インパクトローン取り入れた後の相場変動リスクの程度に関する菊地の質問に対して、山田は、リスク程度を予測することは困難であるが、最近の推移は円高傾向であり、マーケットは円高傾向の見方が強いことを説明した。

(2) 豪ドルオプション1取引及び同2取引における東京銀行の説明

平成二年二月二七日、山田は、被告エンタープライズの出納責任者である小野沢明(以下「小野沢」という。)に対し、被告らの予想に反して為替相場は円安方向にあることを報告した上、今後の円安進行によっては、インパクトローン一及び同二から豪ドル等の高金利通貨のオプションに早急に切り替えることが次善の策であると説明し、豪ドルプットオプション取引について次のとおり説明した。

すなわち、①プットオプションとは一定の期日に一定の為替レートで一定の金額の豪ドルを売却する選択権の売買であること、②被告主債務者らの受け取ることになるオプション料は右選択権の対価であること、③米ドルコールオプション同様、相場動向によっては期日に為替予約の履行義務が生じること等、商品概要及びリスクの説明をした。

また、豪ドルの金利が円金利を下回る可能性の有無に関する小野沢の質問に対し、山田は、過去の豪ドルと円の金利水準を示したグラフを用いて、歴史的に見て当面逆転の可能性を指摘する見方は少ないことを説明した。

同年三月二三日、山田は、被告らに対し、豪ドルプットオプションの売却により受領するオプション料と大口定期預金によりインパクトローン一及び同二を返済することを提案し、豪ドルオプションについて、米ドルコールオプションと同様に期日に相場動向によっては為替予約の履行義務が生じるが、その予約は延長が可能であること、豪ドルは円よりかなり高金利の通貨であり、予約延長により持ち値は豪ドルの金利が円金利より高い限りにおいて改善していくので相場の回復を待つことができることなどについて書面及び口頭で詳細な説明をした。

これに対し、被告らの代表取締役である西村昭孝は、損切りすることも選択肢としてあり得ると発言したものの、被告主債務者らは、結果的に損切りをしないで、豪ドルオプション1取引及び同2取引をした。

(二) 適合性の原則違反について

(1) 被告エンタープライズは、本件取引開始当時、国内においてレストラン等の飲食店及びパチンコ店等の遊技場を経営し、海外においても、ハワイの老舗高級レストラン・チェーン「スペンス・クリフ」を買収したほか、昭和六三年ころ、北米地域を対象とする一〇〇億円規模のレストランチェーンの買収を計画していた。

そして、東京銀行は、被告らから平成元年一〇月頃「スペンス・クリフ」の事業の関係で生じる見込みの一〇〇〇万米ドルの余資の有効な運用方法について相談を受けるなどしていた。

このように被告エンタープライズは、本件取引以前から外為取引の経験を有していたのであり、外為取引に伴う為替リスクを理解していた。

(2) 被告主債務者らは、被告エンタープライズの一〇〇パーセント子会社であり、役員構成も被告エンタープライズと同じである。

したがって、被告主債務者らは、実質的には被告エンタープライズと同一会社であるから、仮に被告主債務者らが赤字の休眠会社であったとしても、被告エンタープライズの右事業展開に鑑みれば、休眠会社であることをもって取引適合性がないということはできない。

(三) 定期預金を詐取したとの主張について

東京銀行が被告エンタープライズに対し、他行よりも高い金利で運用するから、東京銀行に定期預金をするように勧誘した事実はない。

被告エンタープライズの東京銀行に対する定期預金は、いずれも、被告主債務者らの本件各取引により生じた評価損の発生に伴い、東京銀行の被告エンタープライズに対する預金担保の差し入れ及び預金の積み増しの要求に応じて、被告エンタープライズにより任意に預託されたものである。

被告エンタープライズが東京銀行の要求に応じたのは、本件各取引による損失の発生が自己責任による損失であることを自覚していたためである。

第三  当裁判所の判断

一  事実認定

前記争いのない事実、証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる(証拠等は各認定事実ごとに掲記する。)。

1  当事者等

(一) 被告レクリエーションは、不動産の管理等の事業を、被告リアルティは、清涼飲料水等の売買等の事業を、被告エンタープライズは、貸しビル業の事業をそれぞれ営む株式会社である。

平成元年当時、被告エンタープライズ、被告レクリエーション、被告リアルティ、日拓デベロップメント株式会社及び日拓ランド株式会社等の会社によりいわゆる日拓グループが構成されていた。被告ら日拓グループ各企業の役員の構成はほぼ同じであり、被告主債務者らはいずれも被告エンタープライズの一〇〇パーセント子会社である。

平成元年ころ、日拓グループは、売上高年間約五〇〇億円、経常利益約二五億円程度、従業員約八〇〇名、従業員の新規採用年間約七〇人程度の業容であった。

本件各取引締結以前に、日拓グループは、アメリカの現地法人であるハワイの老舗高級レストランチェーン「スペンス・クリフ」を買収したことがあった。

日拓グループは、本件各取引開始当時、レストラン等の飲食店及びパチンコ店等の遊技場を経営していたが、首都圏で約三〇店舗、ハワイで約二六店舗の直営店を傘下に持っていた。

本件各取引が締結された当時、日拓グループにおいて実質的な経営権限を持っていた代表者的な人物は、西村昭孝(以下「西村社長」という。)であった。そして、日拓グループ各社の役員であった西村栄治(以下「西村専務」という。)は西村社長の長男、同じく日拓グループ各社の役員であった伝敏三(以下「伝専務」という。)は西村社長の弟である。

菊地は、高校を卒業して会計事務所に勤務した後、産業能率短期大学の税理士コースを卒業し、昭和六〇年に日拓エンタープライズに入社した。平成元年当時、菊地は日拓グループの経理及び出納業務の統括的な責任者であった。

小野沢は青山学院大学を卒業後、日拓グループに入社し、平成元年当時、菊地の部下として日拓グループの経理及び出納業務に従事していた。

当時菊地には、経理部門に小野沢を含め七、八名の部下がいた。

(以上、争いのない事実、証人菊地、証人山田、甲五一、五二、五九、六〇、乙五二、弁論の全趣旨)

(二) 東京銀行は、銀行業を営む株式会社であった。

東京銀行と株式会社三菱銀行の合併により、東京銀行の債権債務等は、すべて原告に承継された。

山田は、昭和六〇年四月に東京銀行に入行し、昭和六三年四月から平成二年七月まで同行の新宿支店営業課で貸付業務を担当していた。山田は、平成元年当時、日拓グループの担当者であった。

東京銀行は、昭和六三年ころから、日拓グループに対して、米国での買収案件の紹介や通貨スワップの紹介並びに投資組合についての調査及び資料作成等を行っていた。

(以上、争いのない事実、証人山田、甲五七、弁論の全趣旨)

2  本件各取引締結等の経過

(一) 米ドルオプション1取引及び同2取引(以下、二つの取引を併せて「本件米ドルオプション取引」という。)の締結経過等

(1) 山田は、平成元年八月ころ、初めて日拓グループを訪問し、西村社長、菊地及び日拓グループの西村社長室付の人物と会談した。

(2) 山田は、平成元年一〇月一六日、日拓グループに菊地を訪問した。

その際、山田は、菊地から、「日拓レクリエーション及び日拓リアルティそれぞれが累損を一〇〇〇万円程度抱えており、累損の繰り越し期限が本年の決算期である一九八九年一二月末に迫っていることから、何か益出しのアイデアはないか。」等と相談を受けた。

そこで、山田は、円高相場対策の商品として、米ドルコールオプションを日拓グループが東京銀行に売却し、日拓グループがそのオプション料を受け取るという内容の米ドルコールオプション取引の締結を提案した。そして、米ドルコールオプションとは、一定の期日に一定の為替レートで一定の金額の米ドルを購入する選択権の売買であること等商品の内容や商品に伴う為替リスクについて、口頭で説明した。具体的には、米ドルコールオプション取引により、日拓グループが将来における為替リスクを負う代わりとして、そのいわばリスク引受けの対価として、日拓グループがオプション料を受け取ることができるものであることを説明した。

右説明を受けて、菊地は、山田に対し「リスクはどの程度なのか。」「いかなるヘッジ手段があるのか。」「リスクが現実となった場合にはいかなる対応があり得るのか。」等の内容の質問をした。

それに対して、山田は、リスクの程度を算定するのは難しいが、マーケットでの見方は円高傾向の意見が多く見られること、リスクヘッジの手段として完全なヘッジ手段はないこと、相場が円高予想と逆に動いた場合にはオプションの行使によって発生した為替リスクにつき、米ドル建インパクトローンを導入して、とりあえず相場の回復を待つことができること等を説明した。

更に、インパクトローンを導入した後、相場が有利に動いた時には、反対の為替予約を入れることによって、事実上、インパクトローンの期日を待たずに取引の手仕舞いをすることもできると説明した。

菊地は右説明を受けて、山田に対し、日拓グループが東京銀行と米ドルコールオプションの取引をすることについて、「財務担当役員の伝専務に説明し、会社の決済を受けられるかどうか上にあげてみたい。」と答えた。

(3) 山田は、同月一九日、日拓グループに菊地を訪問した。

山田は、東京銀行所定のカラー刷りの商品説明パンフレット、米ドルコールオプションについての仕組みを説明した資料及び過去の米ドル円の相場推移表等の資料を菊地に交付した。

そして、その商品説明パンフレットに従って、再度米ドルコールオプション取引の商品概要を説明し、相場の動きによっては為替予約の履行義務が生じること、その義務を負う見返りとして、前取りでオプション料を受け取ることができるものであることを再度説明し、最近の推移は円高を示していること及びマーケットの見方は円高の方が強いということを述べた。また、為替予約の履行義務が生じた場合、リスクの先延ばしを目的として、米ドル建てインパクトローンを取り入れて相場の回復を待つことができることも再度説明した。

菊地は、山田に対し、商品の概要は理解したので担当役員に説明すると回答した。

(4) 山田は、同年一一月一日、菊地から、担当役員の基本的了解を得たので取引に必要な書類を持ってきて欲しいとの連絡を受けた。

そこで山田は、銀行取引約定書及び先物外国為替取引に関する約定書を含む取引書類一式を菊地に手渡した。

菊地は、同月九日ころ、右取引書類一式に被告らの記名捺印をした後、山田に対して、右取引書類一式(銀行取引約定書、先物外国為替取引に関する約定書、署名印鑑届)を手渡した。そして、山田に対して、「取締役会議事録は法務部の方で作成しているので、もうちょっと待って欲しい。」等と述べた。

(5) 山田は、同月一三日、菊地から、今後本件の窓口になるとして、日拓グループの出納業務の担当者である小野沢の紹介を受けた。菊地は、山田に対し、「自分は一二月の決算作業で忙しくなるから、自分の代わりに小野沢を窓口にするから、今後は本件については小野沢と話を進めてくれ。」等と述べた。

山田は、同月一五日ころ、小野沢及び日拓グループの法務部の志茂に対し、米ドルコールオプションの取引は相場動向によっては日拓グループが東京銀行に債務を負う取引であることから、被告エンタープライズが連帯保証することが必要であり、右連帯保証についての被告エンタープライズの取締役会議事録の写しが必要である旨説明した。そして、山田は、小野沢から、被告主債務者らと東京銀行の間の銀行取引約定書に基づく債務につき被告エンタープライズが連帯保証することについて被告エンタープライズの取締役会が承認するとの記載がされた平成元年一一月一五日付被告エンタープライズの取締役会議事録の写し(甲四二)を受領した。

右取締役会議事録には、いずれも取締役会の構成員である西村社長、西村専務、伝専務らの記名捺印がされている。なお、右記名捺印はいずれも、実際には当時の財務担当の役員である伝専務の手によってなされた。

(6) 小野沢が、山田に対し、相場が有利に動いたら電話で連絡をくれるように言っていたので、山田は、同月一七日、電話で菊地に連絡を取り、菊地の了解を得て本件米ドルオプション取引を実行した。

それから数日後、山田は、小野沢に対し、本件米ドルオプション取引の内容が記載された選択権付先物為替予約確認書(甲五、一八)を手渡した。小野沢は、それから更に数日後、右確認書にそれぞれ被告主債務者らの記名捺印をして、山田に手渡した。

なお、右確認書にはいずれも「当社は自らの責任と計算に於いてのみ本取引を行います。」との記載がされている。

(7) 以上の経過により、平成元年一一月一五日、銀行取引及び先物外国為替取引に関して別紙一ないし四記載の内容の、東京銀行と被告主債務者らとの間で基本契約一及び同二が、東京銀行と被告エンタープライズとの間で右基本契約に基づく被告レクリエーション及び被告リアルティの債務につき被告エンタープライズが連帯保証する旨の本件連帯保証契約が、それぞれ締結され、同月一七日、東京銀行と被告主債務者らの間で、それぞれ本件米ドルオプション取引が締結された。

(以上、争いのない事実、証人山田、証人菊地、甲一ないし五、一八、四二ないし四四、五七、弁論の全趣旨)

ところで、菊地は、山田が菊地に対して日拓グループが東京銀行と取引するなら手土産に被告主債務者らに一〇〇〇万円ずつ持ってくる等と述べたことから、被告主債務者らはそれを信用して本件米ドルオプション取引を締結したのであって、本件米ドルオプション取引がリスクを伴う取引であることについて山田から話を聞いたことはなく、そのようなリスクのある取引であると知っていたならば本件米ドルオプション取引に応じることはなかった旨の供述をする(菊地証人、乙五二)。

しかしながら、大手都市銀行が銀行取引の相手欲しさに二〇〇〇万円もの大金をこれから銀行取引を開始しようという者に対して無償で贈与することなど、一般的にいって到底あり得ないことであるし、また、仮に当時山田が「手土産」というような表現を使ったものであるとしても、常識的に考えれば被告らにおいて何の対価やリスクもなく二〇〇〇万円もの大金が入手できるものと誤解するはずはない。

したがって、菊地の右供述は到底採用できるものではない。

(二) インパクトローン一及び同二(以下、二つの取引を併せて「本件インパクトローン」という。)の締結経過等

(1) 山田は、平成二年一月中旬ころ、小野沢を訪問し、米ドル為替相場の動向について報告した。その際小野沢は、山田に対して、日拓グループとしては二月に行われる衆議院議員の総選挙における自民党の勝利を予想して日経平均の上昇及び円高を見込んでいる等と述べた。

(2) 東京銀行は、同年二月一六日、米ドルオプション1及び同2を行使し、米ドル買い契約一及び同二が成立した。

(3) 山田は、同年二月一九日、日拓グループに小野沢を訪問した。

山田は、小野沢に対し、本件米ドルオプション取引により同月一六日時点で日拓側に千数百万円の為替差損が発生していること、しかし、米ドルオプション1取引及び同2取引締結時に日拓側が受領したオプション料と通算すれば、日拓側にまだネットで二、三百万円の差益がでていることを説明した。

これに対して小野沢は、昨日行われた衆議院議員の総選挙の結果により今後円高が見込まれることから、まだ決済しないでもう少しこの為替取引を続けたい旨回答した。

そこで山田は、小野沢に、三月末までインパクトローンで繋いで相場の円高への回復を待つことを提案し、白紙の単名手形融資依頼書及び約束手形を手渡した。

(4) 山田は、翌日の二〇日、小野沢から、被告主債務者らの記名捺印がされた右単名手形融資依頼書及び約束手形を受領した。

山田が右依頼書を受領した際、右依頼書にはそれぞれ、実行予定日「二月二〇日」、申込額「五〇〇万米ドル」、資金使途「短期運転資金」との記入がなされていた。

そして、融資の期限の欄は空白であったが、山田は、小野沢に確認して右期限欄に「平成二年三月三〇日」と記入した。

(5) 以上の経過により、平成二年二月二〇日、東京銀行と被告らの間で左記の取引等が行われた。

ア 本件インパクトローンの締結

① 東京銀行は、被告レクリエーションに対し、弁済期同年三月三〇日、利率年8.625パーセントの約定で、五〇〇万米ドルを貸し付けた(インパクトローン一)。

② 東京銀行は、被告リアルティに対し、弁済期同年三月三〇日、利率年8.625パーセントの約定で、五〇〇万米ドルを貸し付けた(インパクトローン二)。

イ 米ドル買い契約一及び米ドル買い契約二に基づく債務の決済

① 被告レクリエーションは、右五〇〇万米ドルをもって、米ドル買い契約一に基づく債務を履行し、その対価として東京銀行から七億一五〇〇万円を受領した。

② 被告リアルティは、右五〇〇万米ドルをもって、米ドル買い契約二に基づく債務を履行し、その対価として東京銀行から七億一五〇〇万円を受領した。

ウ 大口定期預金契約の締結

① 被告レクリエーションは、東京銀行に対し、米ドル買い契約一の決済により受領した七億一五〇〇万円を、次の条件で定期預金として預け入れた(大口定期預金一)。

満期期日 同年三月三〇日

利率 年6.88パーセント

② 被告リアルティは、東京銀行に対し、米ドル買い契約二の決済により受領した七億一五〇〇万円を、次の条件で定期預金として預け入れた(大口定期預金二)。

満期期日 同年三月三〇日

利率 年6.88パーセント

(以上、証人山田、甲六、七、一九、二〇、三五、三六、五七、弁論の全趣旨)

なお、被告らは、単名手形融資依頼書(甲六、一九)の成立の真正をいずれも否認する。

しかしながら、右の依頼書には、その融資先(依頼人)欄にいずれもそれぞれ被告主債務者らの住所氏名の記載と印影が存するところ、弁論の全趣旨によれば、被告主債務者ら名下の印影はいずれもそれぞれ被告主債務者らの印章によって顕出されたものであると認められることから、特段の反証のない限り、右印影はいずれもそれぞれ被告主債務者らの意思に基づいて顕出されたものと事実上推定され、その結果、民事訴訟法二二八条四項により、いずれもそれぞれその被告主債務者ら作成部分は真正に成立したものと推定される。そして、本件において右推定を覆すに足りる証拠はない。

また、被告らは、本件インパクトローンは被告主債務者らに無断で実行されたものである旨主張し、菊地は、単名手形融資依頼書(甲六、一九)の融資の期限欄は、山田が無断で勝手に記載したものであるなどと供述する(菊地証人、乙五二)。

しかしながら、確かに小野沢が融資の期限欄の部分を空欄にしたままで依頼書を山田へ交付したことは認められるものの、融資の実行予定日の欄、融資申込額の欄、資金使途の欄についてはいずれも被告主債務者らにおいて記入がなされた後で、山田へ依頼書が交付されているのであるから、当時被告主債務者らにおいて米ドル建てインパクトローンを導入しようという意図を有していたことは問題なく認められるし、右認定のような依頼書交付の経過に照らせば、インパクトローンの返済期限を平成二年三月三〇日とする旨の合意が予めなされていたものと認めるのが相当である上、更に、山田は小野沢に確認して依頼書の期限欄に「平成二年三月三〇日」と記入しているのであるから、菊地の右供述は採用できず、本件インパクトローンの無断実行をいう被告の右主張は理由がない。

(三) 豪ドルオプション1取引及び同2取引(以下、二つの取引を併せて「本件豪ドルオプション取引」という。)の締結経過等

(1) 山田は、平成二年二月二七日、日拓グループに小野沢を訪問し、相場では円安傾向に動き始めたことを報告した上で、この段階で本件インパクトローンを手仕舞いするとどの程度の損が発生するのかということ、豪ドルプットオプション取引の商品概要及び右取引に伴うリスク、円安相場対策の商品としては豪ドルプットオプションの取引を導入するのが適当であること、今後の円安進行によっては、本件インパクトローンから豪ドル等の高金利通貨のオプションに早急に切り替えることが次善の策であること等を説明ないし提案した。

これに対し小野沢は、山田に対し、日拓グループの財務担当役員が最近伝専務から西村専務に替わり、その西村専務が現在海外出張中で決裁を取ることができないため、今は豪ドルプットオプションの取引を実行することはできない等と返答した。

(2) 山田は、同年三月二三日、小野沢から、西村専務が帰国したので面談して欲しいとの連絡を受けた。

そこで山田は、同日、東京銀行新宿支店の佐藤次長とともに、日拓グループを訪問し、西村社長、西村専務及び小野沢らと面談した。

山田は、その席上で、豪ドルプットオプション取引の実行を提案し、「豪ドルオプションの御案内」と題する書面(乙三三、三四)を示しながら、豪ドルプットオプション取引の仕組みを説明し、豪ドルプットオプション取引は日拓グループが為替リスクを負う代わりに、オプション料を受け取る取引であること、決済期日には為替予約が発生する場合もあるが、これについては期日を延長する取引を締結することもできることを説明した。そして更に、豪ドルプットオプション取引を実行するのも、本件インパクトローンを手仕舞いして損切りするのも、日拓グループ側が判断して決めることである旨説明した。

右説明に対して、西村社長は損切りすることも選択肢としてあり得ると発言し、西村専務は豪ドルプットオプション取引を実行するかどうかは社内で検討してから至急回答すると返答した。

(3) 右面談の数日後、山田は、小野沢から豪ドルプットオプションの取引を行うことにした旨の連絡を受けたので、小野沢を訪問し、豪ドルプットオプション取引に必要な書類である本件豪ドルオプション取引の内容が記載された選択権付先物為替予約確認書(甲九、二二)を手渡し、取引の金額、行使価格、行使期日までの期間等の右確認書の記載内容について説明した。

それから更に数日後、小野沢は、右確認書にそれぞれ被告主債務者らの記名捺印をして山田に手渡した。

なお、右確認書にはいずれも「当社は自らの責任と計算に於いてのみ本取引を行います。」との記載がされている。

(4) 以上の経過により、東京銀行と被告らの間で左記の取引等が行われた。

ア 本件豪ドルオプション取引の締結

① 東京銀行は、平成二年三月二七日、被告レクリエーションから、左記の内容の契約(豪ドル売り契約一)を成立させる選択権(豪ドルオプション1)を七三二〇万二〇〇〇円で購入した(豪ドルオプション1取引)

選択権の行使期日を平成三年三月二六日、決済期日を同月二八日として、東京銀行は、被告レクリエーションに対し、七五〇万豪ドルを九億円(為替レート一豪ドル一二〇円)で売却する。

② 東京銀行は、同日、被告リアルティから、左記の内容の契約(豪ドル売り契約二)を成立させる選択権(豪ドルオプション2)を七三二〇万二〇〇〇円で購入した(豪ドルオプション2取引)。

選択権の行使期日を平成三年三月二六日、決済期日を同月二八日として、東京銀行は、被告リアルティに対し、七五〇万豪ドルを九億円(為替レート一豪ドル一二〇円)で売却する。

イ 米ドル売り契約一及び同二の締結

① 被告レクリエーションは、平成二年三月二七日、東京銀行との間で、決済期日を同月三〇日として、東京銀行が、被告レクリエーションに対し、504万5520.83米ドルを七億九二三四万八五九一円(為替レート一米ドル157.04円)で売却する契約を締結した(米ドル売り契約一)。

② 被告リアルティは、同日、被東京銀行との間で、決済期日を同月三〇日として、東京銀行が、被告リアルティに対し、504万5520.83米ドルを七億九二三四万八五九一円(為替レート一米ドル157.04円)で売却する契約を締結した(米ドル売り契約二)。

ウ 本件インパクトローンに基づく債務の弁済

① 被告レクリエーションは、平成二年三月三〇日、米ドル売り契約一に基づき東京銀行から受領した504万5520.83米ドルをもって、インパクトローン一に基づく債務の弁済に充当した。

② 被告リアルティは、同日、米ドル売り契約二に基づき東京銀行から受領した504万5520.83米ドルをもって、インパクトローン二に基づく債務の弁済に充当した。

エ 米ドル売り契約一及び同二に基づく債務の弁済

① 被告レクリエーションは、平成二年三月三〇日ころ、大口定期預金一の満期期日における払戻金七億一九〇九万七〇八八円と豪ドルオプション1のオプション料七三二〇万二〇〇〇円をもって、米ドル売り契約一に基づき発生した被告レクリエーションの東京銀行に対する七億九二三四万八五九一円の債務の支払に充当した。

② 被告リアルティは、同日ころ、大口定期預金二の満期期日における払戻金七億一九〇九万七〇八八円と豪ドルオプション2のオプション料七三二〇万二〇〇〇円をもって、米ドル売り契約二に基づき発生した被告リアルティの東京銀行に対する七億九二三四万八五九一円の債務の支払に充当した。

(以上、証人山田、甲八ないし一〇、二一ないし二三、五七、乙三三、三四、弁論の全趣旨)

(四) 豪ドルオプション1及び同2の行使(豪ドル売り契約一及び同二の成立)並びに期日延長取引一ないし三の締結

(1) 東京銀行は、平成三年三月二六日、被告レクリエーション及び被告リアルティに対し、豪ドルオプション1及び同2を行使し、豪ドル売り契約一及び同二が成立した。

(2)ア 東京銀行と被告レクリエーションは、豪ドル売り契約一を決済期日である平成三年三月二八日に決済せずに、次のとおり、豪ドル売り契約一の決済期日及び為替レートに関する合意を変更する旨の契約を各契約日に締結した(期日延長取引一)。

① 契約日 平成三年三月二八日

決済期日 同年六月二八日

為替レート 一豪ドル119.50円

② 契約日 平成三年六月二八日

決済期日 同年七月五日

為替レート 一豪ドル119.53円

③ 契約日 平成三年七月四日

決済期日 同年一〇月七日

為替レート 一豪ドル119.20円

④ 契約日 平成三年一〇月四日

決済期日 平成四年一月七日

為替レート 一豪ドル118.98円

⑤ 契約日 平成四年一月六日

決済期日 同年三月一〇日

為替レート 一豪ドル119.02円

イ 東京銀行と被告リアルティは、豪ドル売り契約二を決済期日である平成三年三月二八日に決済せずに、次のとおり、豪ドル売り契約二の決済期日及び為替レートに関する合意を変更する旨の契約を各契約日に締結した(期日延長取引二)。

① 契約日 平成三年三月二八日

決済期日 同年六月二八日

為替レート 一豪ドル119.50円

② 契約日 平成三年六月二八日

決済期日 同年七月五日

為替レート 一豪ドル119.53円

ウ 東京銀行と被告リアルティは、平成三年七月四日、同年六月二八日付け期日延長取引二に基づく被告リアルティの東京銀行に対する七五〇万豪ドルの買受債務を四五〇万豪ドルと三〇〇万豪ドルの買受債務に分割し、三〇〇万豪ドルの買受債務については決済した。

エ 東京銀行と被告リアルティは、被告リアルティの四五〇万豪ドルの買受債務について、次のとおり、平成三年六月二八日付け期日延長取引二の決済期日及び為替レートに関する合意を変更する旨の契約を各契約日に締結した(期日延長取引三)。

① 契約日 平成三年七月四日

決済期日 同年一〇月七日

為替レート 一豪ドル119.20円

② 契約日 平成三年一〇月四日

決済期日 平成四年一月七日

為替レート 一豪ドル118.98円

③ 契約日 平成四年一月六日

決済期日 同年三月一〇日

為替レート 一豪ドル119.02円

(以上、甲一一ないし一五、二四ないし二九、三四、弁論の全趣旨)

二  争点1(本件各取引の成否)について

右一2認定によれば、東京銀行と被告らの間において本件各取引が締結された事実を認めることができる。東京銀行により本件各取引が被告主債務者らに無断で実行されたものとは認められない。

三  争点2(本件各取引における公序良俗違反の有無及び欺罔行為の有無)及び争点3(説明義務違反等の違法行為の有無)について

1  本件米ドルオプション取引及び本件豪ドルオプション取引の仕組み

(一) 通貨オプション取引の仕組み

本件米ドルコールオプション取引及び本件豪ドルオプション取引はいずれもいわゆる通貨オプション取引であるが、通貨オプション取引とは、二つの通貨間の交換において、特定のレートで、ある通貨をもう一方の通貨で売る又は買う権利を売買する取引である。

通貨オプション取引においては、通常以下の用語が使われる(公知の事実、甲三九)。

(1) オプション(選択権)

対象通貨を買ったり売ったりする権利。対象通貨を買う権利をコールオプションといい、対象通貨を売る権利をプットオプションという。

(2) 行使価格

事前に取り決めておくコールオプション又はプットオプションを行使する際の価格(為替レート)

(3) 実行通貨及び行使期日

オプションを行使する場合に、オプションの買い手が売り手に対してする通知を実行通知といい、実行通知を行う日を行使期日という。

(二) 本件米ドルオプション取引の仕組み等

本件米ドルオプション取引は、いずれも被告主債務者らが米ドルコールオプションを東京銀行に売却する取引であるが、米ドル為替相場の変動に応じて被告主債務者らに利益又は損失が発生する取引である。

オプション料と通算した場合の、行使期日(平成二年二月一六日)における米ドル為替相場の水準に応じた被告主債務者らの実質的な損益状況は、具体的には概略以下のとおりとなる(ただし、オプションを売買した日と決済期日との間の期間経過の金利分に関する損益は考慮しないものとする。)。

(1) 本件米ドルオプション取引の行使期日の米ドル直物為替レートが一米ドル一四三円を上回る円安となった場合

本件米ドルオプション取引においては、オプションを購入した東京銀行が行使期日において米ドルコールオプションの権利を行使した場合、被告主債務者らと東京銀行の間にそれぞれ、東京銀行が被告主債務者らから決済期日(平成二年二月二〇日)に五〇〇万米ドルを七億一五〇〇万円(行使価格(為替レート)一米ドル一四三円)で購入する契約(米ドル買い契約一及び同二)が成立する。

そこで、東京銀行としては、行使期日において、米ドル直物為替レートが行使価格である一米ドル一四三円より円安の場合には、通常、米ドルコールオプションの権利を行使することとなる(東京銀行にとっては、米ドル直物為替レートによるより、米ドル買い契約一及び同二を成立させる方が、有利なレートで米ドルを購入できる。)。

そして、右オプションの権利が行使された場合、決済期日の米ドル直物為替レートを一ドルU円とすると、オプション料と通算した被告主債務者らの実質的な利益は、それぞれ左記の式のとおりに表すことができる。

10,000,000−(5,000,000×U−5,000,000×143)円

したがって、行使期日の米ドル直物為替レートが一ドル一四三円を上回る円安となった場合には、

ア 決済期日の米ドル直物為替レートUが一米ドル一四五円を下回る円高(すなわち、一四三円から一四五円の間)であれば、右の式はプラスとなり、すなわちそれぞれ被告主債務者らには実質的に利益が生じることになり、

イ 決済期日の米ドル直物為替レートUが一米ドル一四五円であれば、右の式はゼロとなり、すなわち被告主債務者らには実質的に損益は生じないことになり、

ウ 決済期日の米ドル直物為替レートUが一米ドル一四五円を上回る円安であれば、右の式はマイナスとなり、すなわちそれぞれ被告主債務者らには実質的に損失が生じることになる。

(2) 本件米ドルオプション取引の行使期日の米ドル直物為替レートが一米ドル一四三円以下の円高となった場合

東京銀行は、行使期日において米ドル直物為替レートが行使価格である一米ドル一四三円以下(円高)の場合は、通常米ドルコールオプションの権利の行使を放棄することになる(東京銀行によっては、米ドル買い契約一及び同二を成立させるより、米ドル直物為替レートによる方が、有利なレートで米ドルを購入できる。)。

したがって、行使期日の米ドル直物為替レートが一米ドル一四三円以下の円高となった場合には、被告主債務者らの実質的な利益は、それぞれ常にオプション料相当額の一〇〇〇万円となる。

(三) 本件豪ドルオプション取引の仕組み等

本件豪ドルオプション取引は、いずれも被告主債務者らが豪ドルプットオプションを東京銀行に売却する取引であるが、豪ドル為替相場の変動に応じて被告主債務者らに利益又は損失が発生する取引である。

オプション料と通算した場合の、行使期日(平成三年三月二六日)における豪ドル為替相場の水準に応じた被告主債務者らの実質的な損失状況は、具体的には概略以下のとおりとなる(ただし、オプションを売買した日と決済期日との間の期間経過の金利分に関する損益は考慮しないものとする。)。

(1) 本件豪ドルオプション取引の行使期日の豪ドル直物為替レートが一豪ドル一二〇円を下回る円高となった場合

本件豪ドルオプション取引においては、オプションを購入した東京銀行が行使期日において豪ドルプットオプションの権利を行使した場合、被告主債務者らと東京銀行の間にそれぞれ、東京銀行が被告主債務者らに対し決済期日(平成三年三月二八日)に七五〇万豪ドルを九億円(行使価格(為替レート)一豪ドル一二〇円)で売却する契約(豪ドル売り契約一及び同二)が成立する。

そこで、東京銀行としては、行使期日において、豪ドル直物為替レートが行使価格である一豪ドル一二〇円より円高の場合には、通常、豪ドルプットオプションの権利を行使することとなる(東京銀行にとっては、豪ドル直物為替レートによるより、豪ドル売り契約一及び同二を成立させる方が、有利なレートで豪ドルを売却できる。)。

そして、右オプションの権利が行使された場合、決済期日の豪ドル直物為替レートを一ドルA円とすると、オプション料と通算した被告主債務者らの実質的な利益は、それぞれ左記の式のとおりに表すことができる。

73,202,000−(7,500,000×120−7,500,000×A)円

したがって、行使期日の豪ドル直物為替レートが一ドル一二〇円を下回る円高となった場合には、

ア 決済期日の豪ドル直物為替レートAが一豪ドル一一〇円を上回る円安(すなわち、一一〇円から一二〇円の間)であれば、右の式はプラスとなり、すなわちそれぞれ被告主債務者らには実質的に利益が生じることになり、

イ 決済期日の米ドル直物為替レートAが一豪ドル一一〇円であれば、右の式はゼロとなり、すなわち被告主債務者らには実質的に損益は生じないことになり、

ウ 決済期日の豪ドル直物為替レートAが一豪ドル一一〇円を下回る円高であれば、右の式はマイナスとなり、すなわちそれぞれ被告主債務者らには実質的に損失が生じることになる。

(2) 本件豪ドルオプション取引の行使期日の豪ドル直物為替レートが一豪ドル一二〇円以上の円安となった場合

東京銀行は、行使期日において豪ドル直物為替レートが行使価格である一豪ドル一二〇円以上(円安)の場合は、通常、豪ドルプットオプションの権利の行使を放棄することになる(東京銀行にとっては、豪ドル売り契約一及び同二を成立させるより、豪ドル直物為替レートによる方が、有利なレートで豪ドルを売却できる。)。

したがって、行使期日の豪ドル直物為替レートが一豪ドル一二〇円以上の円安となった場合には、被告主債務者らの実質的な利益は、それぞれ常にオプション料相当額の七三二〇万二〇〇〇円となる。

2  本件インパクトローンの仕組み等

一般に、インパクトローンとは、外国為替及び外国貿易法(以下「外為法」という。)二〇条四号に該当する資本取引の一種であって、我が国の居住者(外為法六条一項一号)に対する資金使途に制限のない外貨の貸付けをいう(公知の事実)。

本件インパクトローンは、東京銀行の被告主債務者らに対する外貨(米ドル)の貸付けであるが、通常の円建ての貸付けと異なり、被告主債務者らには貸付日から弁済期の間における米ドル為替相場の変動に応じて利益又は損失(為替差損又は為替差益)が発生する取引である。

具体的には、被告主債務者らが本件インパクトローンの弁済期に米ドルを直物相場から調達して取引を決済するものとすると、被告主債務者らが貸付金五〇〇万米ドル相当額を円建てで同じ利息で貸付けを受けた場合と比較して、弁済期(平成二年三月三〇日)の米ドル直物為替レートが、貸付日(同年二月二〇日)の米ドル直物為替レートを下回る円高となった場合には、被告主債務者らに為替差益が生じ、逆に貸付日の米ドル直物為替レートを上回る円安となった場合には、被告主債務者らに為替差損が生じることになる。本件インパクトローンはそれぞれ五〇〇万米ドルの貸付けであるから、被告主債務者らにはそれぞれ為替レート一円の変動について五〇〇万円相当程度の為替差益又は為替差損が発生することになる。

3  被告主債務者らの損益状況の経過

(一) 本件米ドルオプション取引による被告主債務者らの損益

東京銀行は、本件米ドルオプション取引の行使期日(平成二年二月一六日)に米ドルオプション1及び同2を行使したため、米ドル買い契約一及び同二が成立した。

本件米ドルオプション取引の決済期日(平成二年二月二〇日)における米ドル直物為替レートは一米ドル一四五円を若干下回る一米ドル144.55円程度の水準であったと認められるから(弁論の全趣旨)、本件米ドルオプション取引について、決済期日の時点で被告主債務者らにはオプション料と通算して、それぞれ実質的に数百万程度の利益(前記1(二)(1)の数式参照。ただし、オプションを売買した日と決済期日との間の期間経過の金利分に関する損益は考慮しない。)が発生していたと認めることができる。

(二) 本件インパクトローンによる被告主債務者らの損益

本件インパクトローンの貸付日(平成二年二月二〇日)以降弁済期(平成二年三月三〇日)にかけて、米ドル為替相場は円安傾向となり(公知の事実、甲四八の四、五)。被告主債務者らはそれぞれ、本件インパクトローンの弁済のために、平成二年三月二七日に504万5520.83米ドルを一米ドル157.04円のレートで購入した(米ドル売り契約一及び同二)。すなわち、本件インパクトローンの貸付日における米ドル直物為替レートが一米ドル一四五円を若干下回る程度の水準であったから、貸付日から弁済期までの四〇日間の間に一米ドル当たり約一二円程度の激しい円安となった。

したがって、本件インパクトローンの弁済期の時点で、本件インパクトローンについて、被告主債務者らにはそれぞれ約六〇〇〇万円相当程度の為替差損が発生していたと認められる。

(三) 豪ドルオプション取引及び期日延長取引一ないし三による被告主債務者らの損益

東京銀行は行使期日において豪ドルオプション1及び同2を行使したため、豪ドル売り契約一及び同二が成立した。

本件豪ドルオプション取引締結日以降、本件豪ドルオプション取引及び期日延長取引一ないし三の各決済期日にかけて、豪ドル為替相場は円高傾向となった(公知の事実)。

期日延長取引一及び同三の決済期日(平成四年三月一〇日)における豪ドル直物為替レート(東京銀行対顧客電信買相場)は一豪ドル98.96円であった(弁論の全趣旨)。

被告主債務者らには、対豪ドル為替相場の円高傾向により、本件豪ドルオプション取引及び期日延長取引一ないし三について、期日延長取引一及び同三の最終的な決済期日の時点で、オプション料と通算して(ただし、実際には本件豪ドルオプション取引のオプション料は本件インパクトローンの為替差損に充当してしまっている。)、それぞれ実質的に約七七〇〇万円相当程度の損失(ただし、オプションを売買した日と決済期日との間の期間経過の金利分に関する損益は考慮しない。)が発生していたと認められる。

4  説明義務違反等の違法行為の有無

(一) 説明義務違反について

(1)  右1ないし3で判示したとおり、本件各取引のような通貨オプション取引やインパクトローン取引はいずれも為替相場の変動によるリスクを伴う取引であることから、これらの取引を勧誘する金融機関においては、顧客がそのような為替リスクにより不測の損失を被ることがないよう、顧客に対して、当該取引の構造や仕組み、取引に伴う為替リスクの存在、そのようなリスクの回避手段等について説明すべき法的義務が信義則上要求されているというべきである。

ただし、顧客においても取引の締結が強制されているというわけではないのであるから、そこに自己責任の原則が働くのは当然であって、具体的な説明義務の範囲・程度に関しては、取引の性質、取引の仕組みの複雑さ、取引に伴う危険性の程度、取引の勧誘の態様、顧客の知識や理解力、顧客の取引経験、顧客の取引目的等を総合考慮して個々具体的に決定されるべきである。

(2)  そこで本件についてみるに、まず、本件各取引当時日拓グループは年間売上高約五〇〇億円、従業員約八〇〇名もの規模の大企業であったこと、そして本件各取引締結以前から日拓グループにはハワイのレストラン買収など海外取引の経験があったことに照らせば、被告らにおいて為替取引についての知識及び理解力が一般の場合より不足しているということはなく、むしろ為替取引一般について十分な知識及び理解力を備えていたものと推認することができる。

そして、前記2で示したように、本件インパクトローンにおける損益発生の仕組み自体は、貸付日の相場と比較して貸付日以降対米ドルの為替相場が円高傾向となれば、被告主債務者らに円高の幅に応じて一定の利益が生じ、逆に円安傾向になれば被告主債務者らに円安の幅に応じて一定の損失が生じるという比較的単純なものに過ぎないのであって、為替相場の動きの予測自体は難しいものであっても、取引における損益発生の仕組みや発生する損益額の大小については容易に理解可能であり、また計算できるものであって、それほど複雑なものではない。

また、前記1で示したように、本件米ドルオプション取引及び本件豪ドルオプション取引の仕組みは、本件インパクトローンよりは多少複雑な面があるものの、やはり日常的に規模の大きい様々な経済取引行為に携わっていると思われるような大企業であって、実際に海外取引の経験もある被告らが有していたであろう為替取引に対する知識及び理解力の程度を前提とすれば、それほど複雑難解な仕組みの取引とはいえない。

すなわち、被告らが有していた経済的取引能力及び商品の仕組みの複雑さの程度に照らせば、本件各取引のいずれの取引においても、被告らにおいて、取引額や為替レートの数値、更に決済期日等についての具体的な契約内容から、その為替取引により生じる損益の額、損益の分岐点等につきシミュレーション等を行って判断資料とした上で、本件各取引をするかどうかの意思決定をすることは比較的容易なことと思われるのであって(また、一定規模以上の企業においては、通常、そのような方法で契約締結の意思決定を行っているはずである。)、そうであれば、本件各取引の勧誘にあたり当時東京銀行が負っていた説明義務の程度は、例えば普通の個人顧客等に対して本件各取引を勧誘する場合と比べて、かなり低い水準のものであったというべきである。

なお、前記一2認定のとおり、被告ら日拓グループはそもそも資金調達手段や為替リスク回避の手段として本件各取引の為替取引を締結していたのではなく、将来の為替相場の動向を一定方向に予測した上で、為替差益を得る目的又は既に生じた為替差損を減縮させる目的、すなわち為替相場の変動を利用した投機の目的で本件各取引を締結していたのであるから、例えばインパクトローン取引における為替予約の併用による為替リスクの回避手段等については、本件の場合には東京銀行においてこの点を詳細に説明すべき義務はなかったというべきである。

(3)  以上を前提として東京銀行の説明義務違反の有無につき検討するに、本件米ドルオプション取引の締結に際して、山田は、最初に右取引を提案してから日拓グループに多数回の訪問を重ね、会社の財務関係を扱う経理部門の統括責任者である菊地らに対して、商品説明パンフレット等の書面を用いて右取引の仕組みや為替リスクの存在についての説明を繰り返ししていたこと、そして山田が右取引を提案してから実際に右取引が実行されるまで、その間被告ら日拓グループには約一か月の考慮、検討の期間があったこと、山田は、本件インパクトローン及び本件豪ドルオプション取引締結の際にも、被告らを多数回訪問し、小野沢らに対して取引の仕組み等について繰り返し説明を行っていたことに照らせば、東京銀行における本件各取引の勧誘、説明の態様には何ら問題はないとうべきであり、更に、山田が直接財務担当役員らに対して取引の内容を説明したり、本件各取引開始にあたり被告エンタープライズが東京銀行に対し被告主債務者らの債務につき連帯保証することについて承認する旨の記載がある同社の取締役会議事録を提出したりするなど、一連の本件各取引は財務担当の役員である伝専務及び西村専務、更には西村社長の直接の関与の下で行われていたものであることからすれば、本件各オプション取引や本件インパクトローンの仕組み及びこれらの取引に伴う為替リスクの存在等について東京銀行側から十分な説明がなされた後、これに対して被告ら日拓グループが十分に検討を加えた上で、被告主債務者らと東京銀行との間で一連の本件各取引が締結されていたことが推認できる。

(4)ア  被告らは、本件米ドルオプション取引及び本件豪ドルオプション取引において当事者双方が負うリスクにつき、東京銀行は支払オプション料に限定されている一方で被告主債務者らは無限の損失を被るおそれがあったのに、東京銀行はそのような事実を隠して被告主債務者らにそのような取引を締結させた旨の主張をする。

確かに、通貨オプション取引は、オプション料を支払う方の為替相場の変動に伴うリスクはオプション料に限定される一方で、オプション料を受け取る方の為替相場の変動に伴うリスクは限定されていないという特徴のある取引ではあるけれども、だからといって、オプション料の額、オプションの行使価格、行使期日の設定如何によっては、決して取引当事者間において不公平な取引となるものではないし(そもそもオプション取引そのものが取引当事者間において構造的に不公平な商品であるとすれば、かかる取引はこの世に存続し得ないはずである。また、本件各取引において、オプション料、行使価格等の具体的な契約内容、条件は、東京銀行からの提案によるものであったかもしれないが、被告主債務者らとしては、契約の締結が強制されていたわけではないのだから、具体的な契約内容、条件の設定が気に入らなければその契約の締結を拒めばよいだけの話である。そして、前述したように、被告らはかかる判断ないし意思決定をなし得る能力を有していたのである。)、本件においては東京銀行が自行のリスクが限定されていることをことさらに隠していたというような事実は認められないばかりか、そもそも東京銀行側のリスクが限定されていることなど、被告らにおいては契約内容を見れば容易に了解可能なことなのであるから、被告らの右主張はいずれにせよ理由がないものである。

イ  また、被告らは、為替取引を顧客に勧誘するにあたっては、相場見通しにつき告知すべき義務があり、東京銀行は本件各取引勧誘にあたり右義務に違反したなどと主張する。

しかしながら、為替相場は、国際収支の動向、金利、物価、為替管理政策、経済政策、政治情勢等が複雑に絡み合って変動するものであり、将来における為替相場の動きを正確に予測することは例えその専門家であっても難しいものであるし、一般的にいって、顧客の商品内容についての理解を一定程度助けることに資する限りにおいて信義則上銀行等に説明義務が認められているものと解するのが相当であるから、そもそも為替取引を勧誘する銀行等において、被告の主張するような相場見通しについて告知すべき義務までは認められないというべきである(したがって、本件において山田が取引締結の際に被告らに対して述べた今後の為替相場の動向についての見通しや相場観の披瀝は、むしろ契約締結にあたっての参考意見として東京銀行が被告らに提供したものに過ぎないと解すべきであって、本件各取引につき東京銀行が負っていた説明義務の内容を構成するものではない。)。

ウ  被告らは、本件米ドルオプション取引をその決済期日に決済して終了しておけば、オプション料と通算して被告主債務者らに僅かでも利益が出ていたのに、東京銀行は本件インパクトローンの勧誘にあたりそのことを説明しなかった旨の主張をし、菊地はこれに沿う供述をする(菊地証人、乙五二)。

更に、菊地は、オプション料と通算して利益が出ていることを知っていれば、被告主債務者らにおいては、リスクを冒してまでわざわざ本件インパクトローンを導入する必要がなかった旨の供述をする(菊地証人、乙五二)。

しかしながら、前記一2(二)(3)のとおり、山田は小野沢に対して、被告主債務者らに差益が出ていることを説明しているし、仮に右菊地のいうとおりであったとしても、本件米ドルオプション取引を即日決済すればオプション料と通算して被告主債務者らに利益が出ていたことなど、被告主債務者らにおいて計算すれば容易にわかることであって、そもそも東京銀行において説明しなければならないこととはいえない。

また、本件米ドルオプション取引を即日決済するとした場合、オプション料と通算すれば当時被告主債務者らにおいて利益が発生していたとはいっても、決済期日には被告主債務者らにとって現実に合計で千数百万円もの出捐が必要となるものであったところ(オプション料は決済期日の三か月前に既に東京銀行から被告主債務者らへと支払われてしまっている。)、そのような状況の中で、為替差損を現実化させず、更には為替差益を発生させることを狙いとして本件インパクトローンの導入を決断することは被告主債務者らにおいて十分に考えられる選択といえるのであり、そうであれば、当時被告主債務者らにおいてリスク、すなわち為替差損の発生、拡大の危険性を冒してまで本件インパクトローンを導入する必要がなかったわけではない。

したがって、菊地の右供述はいずれも採用できない。

エ  なお、被告らは、東京銀行は本件豪ドルオプション取引に切り替えれば確実に利益を得られるなどと断定的に言い切って同取引を勧誘した等と主張する。

しかしながら、山田が右取引の勧誘の際、被告らに対して「本件が最善策と思われます。」と述べたことは認められるものの(乙三三、三四、五二)、右山田発言の表現をもって違法な断定的判断の提供ということはできないし、他に違法な断定的判断の提供があった事実を認めるに足りる証拠はないのであって、被告らの右主張は理由がない。

(5)  以上のとおり、本件各取引の勧誘に際し、東京銀行において説明義務違反の違法行為があったとは認められない。

(二)  適合性の原則違反及び損失拡大防止義務違反について

(1)  被告らは、本件において東京銀行は顧客に適合した金融商品を勧誘すべき義務を負っており、東京銀行は右義務に違反した旨主張するところ、確かに、それまで東京銀行と取引がなく、具体的な為替取引の需要もない被告らに対して、東京銀行が被告らとの最初の取引においていわば投機目的の商品として本件米ドルオプション取引を持ちかけたことが、本来資金面から企業の事業活動を支えることが期待されている金融機関の営業活動として適切なものであったかについては、若干の疑問を感ぜざるを得ないが、勧誘された取引に入るかどうかについてはやはり勧誘を受けた顧客の自己責任に属するところなのであるから、右(一)でも判示したように、被告らが有していた経済的取引能力の高さに照らせば、本件各取引はいずれも決して被告らに勧誘すること自体が違法と評価されるような商品ということはできず、被告らの右主張は理由がない。

(2)  また、被告らは、東京銀行は本件各取引により被告らに含み損が発生している場合にはその状況とその変動を適時に報告する義務、これを拡大するおそれがある取引を勧誘してはならない義務及び損失の拡大を防止すべき義務等の注意義務を負っていたところ、東京銀行はこれらの注意義務に違反したものであるなどと主張するが、含み損の状況等の報告義務については、仮に当時東京銀行においてそのような法的義務が存在していたとしても、前記一認定によれば、本件ではそのような義務違反にあたるような事実は認められないし、損失拡大のおそれのある取引を勧誘してはならない義務及び損失拡大を防止すべき義務については、そもそも被告らの主張するような内容の法的義務まで認められるものではない。

5  被告エンタープライズに対する違法行為について

前記争いのない事実によれば、被告エンタープライズは、東京銀行に対し、平成三年四月一二日に一億円を、同年八月九日に三〇〇〇万円を、平成四年一月一六日に二〇〇〇万円をそれぞれ定期預金として預け入れたことが認められる。

被告らは、右定期預金の預け入れは、東京銀行が被告主債務者らの為替取引に基づく評価損が現実化した際の相殺原資に充てるつもりであったのにこれを秘して他の都市銀行よりも高い金利を出す等と申し向けたためになされたものであって、東京銀行の右欺罔行為により被告エンタープライズは、実質的な担保差入行為になるのにこれを通常の定期預金取引であると誤信した旨の主張をし、当時被告エンタープライズの出納係をしていた守屋亨は、その陳述書(乙三六)において概要これに沿う供述をする。

しかしながら、一般に顧客の有する預金返還請求権を受働債権、顧客に対して有する債権を自働債権として銀行が相殺を行うことがあるのはいわば銀行取引における常識であり、法律上もそのような相殺をすることについて何の障害もないのであるから、東京銀行が被告エンタープライズに対し、右定期預金の預金返還請求権については相殺の受働債権としない等と申し向けたというような主張をするのであれば格別(もっとも、本件全証拠によってもそのような主張事実は認められない。)、被告エンタープライズは右定期預金を通常の定期預金取引であると誤信していたと主張するに過ぎない被告らの右主張はそれ自体理由がないものである。

その他本件全証拠によっても、東京銀行が被告エンタープライズに対して行った相殺に関連して、東京銀行が違法行為を行った事実は認められない。

なお、被告らは、期日延長取引一及び同三について、東京銀行が被告主債務者らからの期日延長希望の有無を確かめる義務に違反して、更なる期日延長をしなかった等と主張するが、被告主債務者らが期日延長を希望したところで東京銀行において期日延長取引の延長に応じる義務が発生するわけではないのであるから、かかる義務を認めることには全く実益がなく、そうであれば、東京銀行において被告らが主張するような期日延長希望の有無を確かめる義務というような注意義務はそもそも存在しないというべきである。

6  以上のとおりであるから、被告が争点3で主張するような東京銀行の被告らに対する説明義務違反等の違法行為は認められず、また、被告らの原告に対する不法行為に基づく損害賠償請求は理由がないというべきである。

そして、東京銀行の被告らに対する説明義務違反等の違法行為が認められないのであるから、本件においては、被告らが争点2で主張するような公序良俗違反や欺罔行為の事実も当然認められるものではない。

したがって、本件各取引はいずれも有効に成立していたものと認めることができる。

四  原告の損害等

1  前記一認定の事実に加えて証拠(甲一、三、一六、一七、三〇ないし三三)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一) 期日延長取引一及び同三の債務不履行及び損害賠償請求権の発生

(1) 東京銀行と被告レクリエーション及び被告リアルティは、基本契約一及び同二においてそれぞれ同契約に基づいてなされる先物外国為替取引を定期行為とする旨合意した。また、平成四年一月六日付けの期日延長取引一及び同三は、その性質上履行期日に履行がなければその契約の目的を達することができない取引である。

(2) 被告レクリエーションは、平成四年一月六日付け期日延長取引一に基づく七五〇万豪ドルの買受債務を、その決済期日である平成四年三月一〇日に決済しなかった。東京銀行は、被告レクリエーションに対し、平成四年三月一二日、平成四年一月六日付け期日延長取引一を解除する旨の意思表示をした。

被告リアルティは、平成四年一月六日付け期日延長取引三に基づく四五〇万豪ドルの買受債務を、その決済期日である平成四年三月一〇日に決済しなかった。東京銀行は、被告リアルティに対し、平成四年三月一二日、平成四年一月六日付け期日延長取引三を解除する旨の意思表示をした。

(3) 平成四年三月一〇日の東京銀行対顧客電信買相場は、一豪ドルあたり98.96円であった。

(4) したがって、東京銀行は、平成四年三月一〇日、被告レクリエーション及び被告リアルティの右(2)の債務不履行により、被告レクリエーションに対して一億五〇四五万円((119.02−98.96)×7,500,000)の損害賠償請求権を、被告リアルティに対して九〇二七万円((119.02−98.96)×4,500,000)の損害賠償請求権をそれぞれ取得し、そして、本件連帯保証契約に基づき、被告エンタープライズに対し、右各損害賠償請求権を主債務とする合計二億四〇七二万円の保証履行請求権を取得した。

(5) なお、基本契約一及び同二並びに本件連帯保証契約においては、いずれも銀行取引約定書三条二項(別紙一及び同三)「貴行に対する債務を履行しなかった場合には、支払うべき金額に対し年一四パーセントの割合の損害金を支払います。」の約定がされている。

(二) 預金債権との相殺

(1) 東京銀行は、平成四年三月一八日、被告レクリエーションに対する損害賠償請求権一億五〇四五万円を自働債権、被告レクリエーションの東京銀行に対する普通預金債権一五三七円を受働債権として、対当額において相殺する旨の意思表示をした。

(2) 東京銀行は、平成四年三月一八日、被告リアルティに対する損害賠償請求権九〇二七万円を自働債権、被告リアルティの東京銀行に対する普通預金債権一一六万一三九五円を受働債権として、対当額において相殺する旨の意思表示をした。

(3) 東京銀行は、平成四年三月一八日、被告主債務者らに対する右損害賠償請求権についての被告エンタープライズに対する連帯保証契約に基づく保証債務履行請求権の合計二億三九五五万七〇六八円(被告主債務者らの各普通預金債権との相殺後の損害賠償請求権の合計金額、その内訳は被告レクリエーションに対する損害賠償請求権についての保証債務履行請求権が一億五〇四四万八四六三円、被告リアルティに対する損害賠償請求権についての保証債務履行請求権が八九一〇万八六〇五円)を自働債権、被告エンタープライズの東京銀行に対する普通預金返還請求権、定期預金返還請求権及び利息返還請求権の合計一億五一〇八万九六三八円を受働債権として、対当額において相殺する旨の意思表示をした。

(4) なお、基本契約一及び同二並びに本件連帯保証契約においては、いずれも別紙一及び同三の銀行取引約定書七条(差引計算)の定めがされている。

2(一)  右1(二)(1)ないし(3)の各相殺により、東京銀行は、被告レクリエーション及び被告エンタープライズに対し五五二九万二一四四円(被告レクリエーションの預金との相殺による減額分が一五三七円、被告エンタープライズの預金との相殺による減額分が九五一五万六三一九円)の、被告リアルティ及び被告エンタープライズに対して三三一七万五二八六円(被告リアルティの預金との相殺による減額分が一一六万一三九五円、被告エンタープライズの預金との相殺による減額分が五五九三万三三一九円)の損害賠償請求権又は連帯保証履行請求権を有するに至った。

(二)  したがって、

(1) 被告レクリエーション及び被告エンタープライズは、原告に対し、連帯して、五五二九万二一四四円及びこれに対する平成四年三月一八日から支払済みまで年一四パーセントの割合による金員並びに四〇万三九四七円(相殺前の損害賠償請求権一億五〇四五万円に対する平成四年三月一一日から同月一七日までの年一四パーセントの約定遅延損害金)の支払義務を負い、

(2) 被告リアルティ及び被告エンタープライズは、原告に対し、連帯して、三三一七万五二八六円及びこれに対する同月一八日から支払済みまで年一四パーセントの割合による金員並びに二四万二三六八円(相殺前の損害賠償請求権九〇二七万円に対する平成四年三月一一日から同月一七日までの年一四パーセントの約定遅延損害金)の支払義務を負う。

五  以上の次第で、原告の本訴請求は全て理由があるのでこれを認容することとし、他方、被告の反訴請求は全て理由がないのでこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官梶村太市 裁判官大寄久 裁判官石井浩は、転任のため署名押印できない。裁判長裁判官梶村太市)

別紙契約目録一 <省略>

別紙一〜四 <省略>

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